2006年05月

身勝手な賭けを

(前日からのつづき)
こんなことを書くのは、それでもどうにか帰りの新幹線のなかで(めちゃめちゃ疲れていた。強行軍だったもの)もうしばらく、思う通りに進んでみようと思うことが出来たから。
一緒に仕事してくれているメンバーのことが好きだし、能力は僕より高いと思っているし。それを上手く引き出せない、もしくはひとつの方向にむけられていないのは僕に問題があるんだろうが、それは先に書いたように、最近の僕こそが本当に自分がしなければならないと思っていることを伝えていないからだろう。まあ、そう思わせてくれたのも1メンバーである、女性教員のおかげなのだが。

ただ、いろいろなことを正直に伝えるのは難しい(伝えなくてもついてきてくれればいちばんいいのだが、と思わなくもない)。
1つは、理解の度合いが異なる。
もう1つには、政治的だけれども、帳尻を合わせなければならない方面への理解が異なる。
そういったことごとは説明してしきれるものでもないし、僕自身でさえ矛盾だと思っていることも少なくはないし、もうひとつ、刻々と変わるものでもあるし。

ただそうだよなー。
先日、僕自身が上司に裏切られて手ひどい目に合わされ1週間以上他の仕事が手につかないような状態に追い込まれたこともあって、やや人間不信週間(月間になりつつある)だからな。でもそのことをいいわけに自分の手がふさがっていたことをいいたくもない(こうしてこのblogに書くのは、読んでる人だけは理解してほしいという、甘えと希求の表れなので許してほしい)。
他人の悪口はいわない、でも事実を話せば悪口になってしまう、という状況って嫌だ。
本人にはキツいことはいっぱいいうけど、陰で批判をするのは美徳ではない、という躾を受けてきたから。

×   ×   ×

珍しく今月は「HAMMER RECORDS」の原稿を半ばには書き上げていたのだけれど、なんか躍動感を欠くなー、嫌な人物ばかり出てくるなーと思って書き直すことにした。日曜日から月・火・水で書けるだろう、と安易に考えていたら、急に出かけることになって、執筆の危機が、…。
諦めて書き上げている原稿を出そうか、でもそれも癪だ。1度、書き直そうと思った原稿を、どういった理由であれ出すなんて、…。物理的に無理だ、と思いながら、ふと、その日の夜までに○○から○○○が○○ら書く、でなければ書かない、という身勝手な賭けを思いつく。結果、帰りのJRのなかで○○ので、書くことに。そういう流れを生み出すにはちょうどよかったし、それでモチベーションを上げてくれたことには本当に感謝してるとこの場を借りて謝辞を。

それで日曜日の夜と月曜日の夜(は気がついたら5時で、空がすっかり白んでいたのだが)で書き上げた。プリントだけして火曜日、朝、のぞみに乗る。東京にむかう車中で朱を入れ推敲の予定が爆睡。結局、帰りののぞみでチェックを入れた。

×   ×   ×

ま、もう少し前向きで頑張ってみます。
ただ、なにかと切羽詰っているのは事実。
それが僕だけでないのも確か。

方法論

父の母の、祖母の葬式の間中、ずっと仕事のことを考えていた。それが申し訳ない。祖母にではなく、父に対して。つまらない息子だと思う。
仕事が上手くいっていないわけではないんだけどな。

3年ほどまえ、あるポジションについてある仕事を任された。それは「どうにかしろ」という抽象的な役目だった。どうにかなった。仲間が、助けてくれたから。その先頭で旗を振れ、というのが当時、任された役目だったのだろう。誰かが先頭に立って方向なり意義なりを示す必要がある、前に出て踊れ、というのが与えられた仕事だったのだと思う。
それはうまくいった。

集団にまとまりを与える方法を2つ、知っていた。
1つは、凡庸なリーダーの下に有能なメンバーが集まり、「こいつ、助けてやらないとしょうがないな」とメンバーたちが思い、文句をいいながらも自発的にまとまり、強い力をもっていくという展開。
もう1つは、そのやり方に多少の問題を孕みながらも、強権を発動し、威圧的だと反感を買いながらも、それでもメンバーをぐいぐいと力づくで引っ張っていって、まとまりを持たせる方法。
この2つは、大学のときに知ったやり方だ。リーダーを映画監督、メンバーをスタッフに置き換えてもらうといい。それ以外のやりかたをやろうとした撮影チームはことごとく失敗した。有能な監督に有能なスタッフ、というチームも。撮影期間中に監督とスタッフの間に溝が出来た。有能だとそれぞれ問題意識なり巨視的な視野なりをもつが、それは複数いらない。ひとつでいい。複数あると、それぞれが主張し出して失敗する。

何かをやろうとするとき、自分がその先頭に立たない場合、そのリーダーの示すやり方が正解であろうがなかろうが、まずかろうが失敗する公算が高かろうが、極力、求められない限りは、ベクトルが反対の意見は吐かないように自分にいい聞かせている。事なかれなのではなく、ひとりの人間のひとつの視野で首尾一貫させないと失敗することが多い、と知っているからだ。
なので、どんなケースでも、自分がそのリーダーたる場合もそうでない場合でも、そのやり方が正解がどうかはとりあえず二の次にして、ついてきてくれればいいしリーダーたる人物についていこうと思っている。
そういう覚悟はある。というか、そういう覚悟を負っていざとなれば一人だけが責任を負うというのが、そのチームなりグループなりのリーダーの仕事であり権利であり義務である、と思っているんだけど。それは至極、当然のことだと思っていた。責任を問われることもなければ、負う必要もない人間が、あれこれ指示するなんて恥ずかしいことはしてはならないと、みんな知っていると思ってたんだけど。

別に、いま自分が誰かからあれこれ越権的な指図を受けているわけでも、そういった意味で弱体化しているんだと情けないことを嘆いているわけでもないですが。
でも最近、そういった方法論みたいなことで頭のなかがいっぱいなのは確かだ。

強権を発動することに自信がなくなってるんだろう、きっと。仕事において。
自分で指図を出しながら、自分で納得していないことがままある。逆だ。自分で納得のいっていない指示を、自分で出している。出さざるを得ないという状況が嫌なのだ。他人に迎合した指示を出すのが習慣になってきている気がする。

ああ、そうか、他人に反発を食うことを恐れるようになってるんだな、と気づいた。いくつかの事件があってからだ。それを面倒だと思い、何でこんなことが理解出来ないんだろうと思い、理解出来なくてもいいからキミは(一通りの意見をいったうえで)ついてくるべきなんだろう? と思ったけれどもそうはさせなかった。反発した人間を許した。本人はそう思ってないかも知れないけれど、外部的には守ってしまった。その他人の知らない矛盾が自分のなかでキツくなっている、ということもある。僕に共感していない人間を、外側には、いい仲間だと喧伝して維持していくことが。

そんなことばかり、わざわざ新幹線にも乗り、片道5時間近くかかる道程を経てむかった葬儀の場で考えてしまっていた。
軽いノイローゼかも知れない、と思い、軽くなくなるかもしれない、とちょっと思った。

1度で十分なんだけど

小説の感想をいってくれるのはうれしい。いわれなければ悲しい。
何のために書いているかといって、別にその人に読まれることだけを至上に考えて書いているわけではないし、強要するような権利はこちらにはないんだけれども、同じ書く仲間であって、私生活でもそれなりに親しくしている間柄であったりすると、まあ一言二言いってほしいと思うのが人情ってもんじゃなくって? 
いや、今日の論旨は、感想をいってくれ、ではない。
その数少ないいってくれる人のなかに「一回しか読んでないんだけど」とか「さっと読んだだけなんで」とかいわれる人がいる。
「2、3度しか読んでないから」
なんていわれると、いや、それで十分なんっすけど、と思わず体育会系になって思ってしまう。
1度、1度でいいのだ。1度読んで、それで印象に残ったところだけさっと指摘してくれれば。

文学学校に行っていた時期、短ければ10枚程度、長ければ200枚とかの作品を2本ほど、一週間で読んで合評に参加するという、いま思えば相当に無茶なことをやっていた。僕はもちろん、どちらかといえば長い作品を平気で出すクチで、まあそれでも120枚とか。それを一週間で読んでくることを、なかば制度的にクラスのメンバーに強要していたわけなんだけれど、なかには、それを3回読みました、とか2回しか読めませんでした、とかいってくださるツワモノがいらっしゃる。
正直、僕は、他人の作品なんか1度しか読まない。読めない、という方が適当か。間が空くならまだしも、続けて2度も読めるほど面白い作品なんてほとんどないよ、っていうのが本音だ。
 
テキスト的に読むならそれも可能だろう。
その頃は読む側も書く側も、はっきり作家志望だったので、いわば読むことも書くことも研鑽、修行。なので、書かれる作品をテキスト的に読むことも必要だった。それはそれで、アリだった。
ここ最近の僕は、小説をテキスト的に読む気も読む必要もない。書く場合だっていつぞやのように「これでプロ作家に」とか「これで純文学の新人賞を獲って」なんて野心なく書いている。ただの娯楽、でも最上の娯楽であればいいと思う。
なので1度の読み捨てで構わない。ただ一言、「面白かった」か否かを答えてくれれば。もう少し詳しく「ほにゃららの場面が面白かった」とか「○○の科白ってカッコいいよね」とか「△△するところはちょっとどうかと思っちゃった」などといってくれれば。

娯楽であっても自分の作品にはいろいろなものが滲み出す。
高度な、テクニカルなスキルが小説を書くという行為にはそれほど要求されないので、それだけプレーンに出ると思うのだ。自分の思考や嗜好というものが。なので、批評はしやすいと思う。
これがテクニカルなスキルを要求するものになると「きっとこの作者はこうしたいんだろうけど、まだ技術がついてきてないんだな。それとも、そんな気はまったくなくってセンスがないだけなのかな?」とか迷うことになる。

センスって面白い。何がって人それぞれ違う。
新しく知り合ってその人の人格とか責任のとり方だとか偏愛だとかを好ましく思ってつきあい始める。だんだんと作品や何やでさらに深く理解出来ていく。そういった過程は素敵だ。みんながみんな、好ましく思える相手とはならない。こいつ、いいな、とこいつ、上手いな、とが両立したとき、長くつきあえるだろうな、と思えたとき、ちょっとしたライバル心なんかもくすぐられたりする。
先達としての楽しみも少しはある。
そういった出会いの最初の時期は、それでもセンスの微妙なズレが楽しい。
「へーっ、こういうこと考えるんだな」とか「ああ、こういうのをイイと思うんだ」という発見がある。
それがだんだん、一緒に映画を観にいったり、そのよかった点なんかについて話し合ったり、互いの作品のよかったところを話し合ったり、一緒にM―1を見て笑うツボが似ていたりとかして(たとえですよ。あくまで)、センスの共有が図られてくる。それもまたいい。積み重ねの先に似てきたり、理解しあえたりするもの、そういうものもあると思う。センスについてだって、あれこれ言葉に置き換えて交換しあわないと判らない、言葉に置き換えれば判る。
僕は自分自身が何を好きなのか、どういう作品をどういう言葉で書こうとしているのか、どう書けば自分で納得がいくのか、激しく模索していた生真面目な時期があって、その頃は出来る限り自分の思考を言葉に置き換えていってみようとしていた。その記憶がいまも残っているので、他人にもそれを強要したりするんだけど、そのレッスンは結構役に立ってるみたいだ。

論旨を戻せば、まあ結局のところ、1度、読んでくれればいいのだ。
それだけで、軽く感想をいってもらえるような作品しか、本人に書いてる気がないので。プロの作家の作品だって、続けて2度も読んだりすることは稀だろっていつも思っている。1度さっと読んだだけだから、と遠慮がちにいわれたりしたときには。

後戻りはできないだろ?

大学時代、僕は本当に多くのことをKから教えてもらった。
映画と演劇についての基本的な事柄ならほとんどすべて。哲学やアカデミックないろいろな語彙についても同じ。何も知らないで粋がっていたんだと思う、それまでの僕は。
彼に、体系を理解するための基本的で必要な情報や言葉やを教えられ、それでようやく、いまみたいに小癪で斜に構えた考え方も出来るようになったというわけ。

大学を卒業してから、Kとはずいぶん疎遠になった。
彼は多分、弟子としての僕に飽き、僕は親殺しの通過儀礼として彼の庇護から離れることを無意識のうちに詮無いこととして考えていたのだろう。
たまに手紙のやり取りなんかはあったが、それも数年で途絶えた。東京にいる友人を介して、互いの所在を知り、機会があればこれもその東京のとてもニュートラルな友人の段取りで新宿でビールを飲んだりすることはあったが。

そのKからメールが届いた。
Kはテクノロジーから取り残された男だ。

最新鋭のテクノにもノイズにも通じ、いちはやく映画についての情報を入手もし、哲学の世界にも通じてはいるのだが、実生活においての彼は、僕と同い年にしてはやくも隠遁した風であり、現代から取り残された風でもあり。なにより彼は、PCでネットサーフィンすることもなければ、携帯電話も所有していなかった。それは悪いことではない。ただ、通じにくい。ましてや遠距離の友人という位置づけでは、この2つのツールを欠くと、あとは手紙しかない。そして申し訳ないけれども、ここ最近の僕は積極的に手紙を書こうとはしていない。
手紙を書くという行為は、その書かれる対象としての相手の価値を、率直に露にしてしまう行為だと思う。メールはそうではない、その人に価値がなくとも「取り合えず」で書けてしまう。

かつて、Kがこう書いてよこしたことがある。
「最近はアレを聴いてるだの、映画は○○がよかっただの、インプットの情報をただ書くのもどうかと思う。自分では何も創造していないのに、既成の作品をよかっただのよくなかっただの書くことに嫌気がさしてきたよ」
確かに、この当時僕とKとの間でやり取りされた手紙は、音楽にしろ映画にしろ小説にしろ、その評価と感想と批評に塗れている。そしてそれしかない。一緒に何かを創作しようにも、互いに遠距離を置いているのだからそう容易にはいかない。互いの創作についてなら、特に彼の方が、あまり鋭く正直に切り込んで来ることもなかったし。一時、まだ若かった頃はそれが多少ならずとも不満で、感想をせがみ強要したこともあったが、いまはそうすることを不毛だと思う。感想がない、ということが感想である、といまなら判るし、別にKの感想があろうとなかろうと、僕はそれをすっかり鵜呑みにするということもなくなっていたので、何ら変りはしなかったわけだし。

Kからメールが届いたからといって、正直特に驚かなかった。驚かなかった自分にちょっと驚いた。それから少し悲しい気分になった。
かつてKから手紙が来ると僕は子供のようにはしゃいだのに。そうではなくなってしまっていた。
ああ、Kのことを友人の一人としては好きだが、かつてほど、自分の思考の基盤として、必要としなくなっていたのだな、という発見があった。発見は実はずいぶんと前に、やりとりが疎遠になった頃にしていた筈なので、再確認か。

仕事と生活上のやむない事情で携帯電話を持たざるを得なくなったのだ、とKはメールに書いていた。
2、3日おいてから僕は返信し、その夜に電話で話す機会をもった。

Kはあまり変わっていなかったので、ひどく変わった印象を僕はもった。
大仰だけれど卒業してからもう10数年も経ているのだ、時代が変わっている。なのに変わらないKを僕はスゴいと思った。

そして当然のことなんだけど、変わってしまった僕と(意識はなかったんだけど)Kとでは、会話にも考え方にも話題の選び方にもちょっとした呼吸にも、なんともしがたいズレが生じていた。
僕にしては珍しく長電話なんかしたのだけれど、結局、途中で僕が巻いてしまった。ある話題になったときに、「そういう話はメールでもいいから」といって切り上げてしまった。不躾だったと反省はするが、少し譲ってつきあってしまっていたら、僕は激しく後悔していただろう。申し訳ないが、そういった電話の掛け方ひとつとっても、相手のスキルの未熟や配慮の不足が我慢できなくなっていた。

会話の途中で共通するある友人の話になって、
「○○って大学の研究室に残ってるらしいぜ」
というKに、
「へえ、そうなんだ。それって○○的には失敗してんだろうな、あいつの人生ってうちの大学の研究室なんか歯牙にもかけないってコース設計だった筈だろ。笑えないよな」
と僕は答えた。
電話のむこうで違和感を感じたような空気がはっきりと流れ、少しの間をおいてからKはこういった。
「勝ち組とか負け組みとか考えるタイプなのか?」
指摘されるまで判らなかったけれども、ああ、いわれればそうだ。結構、(その言葉自体は薄っぺらというか品がなくってキライなんだが)いわゆる「勝ち組」とか「負け組み」とか考えちゃってるかもな。人生ってゲームみたいなもんだとは確かに思ってるし。
まあ、それよりも社会的なスキルを身につけ他人をコントロールすることには興味がある。人間関係をうまくこなし、洒脱に何でも出来て、要領よくこなせることはカッコいいことだと思う。その辺りの価値に対する優位性は、Kと一緒に大学の巨大な図書館のラボで映画を観て涙していたような頃にもあった筈だが、優先順位ははるかに違う。他人に興味なんかなく、判るヤツだけでつるんでいればよかった、そんな年頃ではもうなくなっちゃってる。自閉的とはいわないけれども、趣味はあくまで趣味であり、それは人間関係の隙間にはさまれる栞のようなものに過ぎない。ひとりでは生きていけない、ではなく、ひとりでは生きていかない。

その電話で僕はいろいろ自分が変わったことに気付かされ、そして変わっている自分のことを好きだと改めて認識もした。
もちろん、そうではなかった、Kと同じ位置にいた時期があったからこそ、いまの自分もあるし、かつてそうであったことはとても大切で、そうであった自分もとても好きだ。

Kとはずいぶん違う位置に立ってしまっている。それでも、その電話で僕らは、リリースされたばかりのpsbの新譜について話し、盛り上がったことは書いておかなきゃね。なかでも特に好きな曲を挙げていったら、ほとんど一緒だった。
まあ、雀百まで、…ってことで。それは否めないし、否まないよ。

より欲しくなってるんだ 『FUNDAMENTAL』psb

『リバティーン』のサウンドトラックを探している、というのだ。
劇場で見たんだけど、それからはどのショップで見てもないのよー、という。本当に見たの? と僕。
ハワード・ショアが音楽をやっていた『戦慄の絆』のサウンドトラックはずいぶんと長い間、発売されなかった。著作権だか版権だかの問題で訴訟がおきていて発売出来なかったというのがその理由。
「劇場で見たのは幻で、『リバティーン』のサントラもないんじゃない?」
彼女にいわれてから僕も探してはいたのだ、ふらりとCDショップに立ち寄ったときに、まあ、ついででだけど。マイケル・ナイマンだから出ててもおかしくはないんだけどなー、売れるだろうし。
ナイマンの場合だと、まずサウンドトラックのコーナーを見て、それから作曲家別のコーナーも見て、次に現代音楽の棚も見なければ、本当に「ない」と確認は出来ない。
作品自体はよかったの? と訊ねた僕に、
「主演がデップで音楽がマイケル・ナイマンで、本当よかったなーって感じの映画」
という評価だけに、興味はある。いやもちろん本編自体にではなく音楽に。まあ相変わらずのナイマン節だろうな、と思うものの。
ナイマンのベストは『数に溺れて』と『ピアノ・レッスン』と『プロスペローの本』だと思っている。他はどれもこの3枚のエピゴーネンだなどといわれれば熱狂的なナイマン信者には叱られちゃうだろうな。
いや、好きだよ、ハワード・ショアの次に、神戸までに観に(聴きに)行ったこともあるよ、本当。

それをこの日、見つけた。
彼女は歓喜の声を上げていたけれど、ほら、キミが劇場で目撃したっていうジャケットとは全然違うじゃないか。やっぱりそれは幻だったのでは?
『リバティーン』のサウンドトラックのジャケットには、デップ様の肖像はおろか、映画本編を匂わすものは少しも使われてなかった。やっぱり版権だかの問題を孕んでるんじゃないかな。映画自体はもう数年前の映画だしな、きっと『チャーリー』人気でまたデップ熱が再燃したもんで、旧作をDVD発売する目途でも立てたんだろう。それゆえの劇場公開に違いあるまい、と意地悪で詮索好きな映画ファンは考える。

彼女が待望のサントラを見つけたそのとき、僕は発売されたばかりのペットショップボーイズの新譜を視聴していた。
前作『リリース』は試聴して、結局、買わずにすませたのだ。
いい曲だなーと思うのは数曲あったが、なんだかどれも似た印象だった。物足りなさそうな気がしたんだ、確か。
それがどうだろう、psbの新作『ファンダメンタル』。いいよ。
のっけからジャーマンテクノっぽい、っていうかデペッシュみたいなダークなイントロで幕を開け、そのまま(デペッシュと違い)悪趣味なほど豪華なメロディが怒涛のごとく押し寄せる。
ディスコだよなー、やっぱり。ハウスだのテクノだのはどうでもいい、やっぱディスコだよ。

CDに限った話ではないにしても、それを購入したときの記憶、あるいはエピソードって大切だ。
大切な記憶になり、それが自分の人生のなかで予期もしなかった意味をもつようになる。
『リバティーン』のサントラを探していた彼女は、実は僕が以前、あるCDをプレゼントしようとふと思い、いざ購入の段になってそれが廃盤になっていることを知り、それからビニルマニア(というほどのものでは本当はない、っていうかCDだからな、ビニルではないが)の血がちょっとだけ騒いで、結局さんざん探しまわって偶然見つけた、あのエピソードの彼女でもある。
そしてそのCDもまたpsbの名盤中の名盤『behaivour』なのだった。まあそこに運命というか世界の不思議を感じ取りたくなったとしてもいでしょ。

何より、女の子と一緒にCDショップに立ち寄り、そこで偶然それぞれが求めていた盤を購入し、同じショップの袋を提げて帰るって光景はなかなか仲良さそうでいいじゃんって話なんだけど。

Give me hope.
keep me sane.
indefinite leave to remain.
All the worlds.that I saw. I went so far away.
And still wanted you more.

希望を僕にくれよ
それから正気も保たせてほしい
ついでに永住資格まで

たくさんの世界を見てきたけれど
もっと遠くまで行くけれど
キミのことをいま以上に、
より欲しくなってるんだ

(『Indefinite Leave To Remain』誤訳:abiko masahiro)



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