大学時代、僕は本当に多くのことをKから教えてもらった。
映画と演劇についての基本的な事柄ならほとんどすべて。哲学やアカデミックないろいろな語彙についても同じ。何も知らないで粋がっていたんだと思う、それまでの僕は。
彼に、体系を理解するための基本的で必要な情報や言葉やを教えられ、それでようやく、いまみたいに小癪で斜に構えた考え方も出来るようになったというわけ。
大学を卒業してから、Kとはずいぶん疎遠になった。
彼は多分、弟子としての僕に飽き、僕は親殺しの通過儀礼として彼の庇護から離れることを無意識のうちに詮無いこととして考えていたのだろう。
たまに手紙のやり取りなんかはあったが、それも数年で途絶えた。東京にいる友人を介して、互いの所在を知り、機会があればこれもその東京のとてもニュートラルな友人の段取りで新宿でビールを飲んだりすることはあったが。
そのKからメールが届いた。
Kはテクノロジーから取り残された男だ。
最新鋭のテクノにもノイズにも通じ、いちはやく映画についての情報を入手もし、哲学の世界にも通じてはいるのだが、実生活においての彼は、僕と同い年にしてはやくも隠遁した風であり、現代から取り残された風でもあり。なにより彼は、PCでネットサーフィンすることもなければ、携帯電話も所有していなかった。それは悪いことではない。ただ、通じにくい。ましてや遠距離の友人という位置づけでは、この2つのツールを欠くと、あとは手紙しかない。そして申し訳ないけれども、ここ最近の僕は積極的に手紙を書こうとはしていない。
手紙を書くという行為は、その書かれる対象としての相手の価値を、率直に露にしてしまう行為だと思う。メールはそうではない、その人に価値がなくとも「取り合えず」で書けてしまう。
かつて、Kがこう書いてよこしたことがある。
「最近はアレを聴いてるだの、映画は○○がよかっただの、インプットの情報をただ書くのもどうかと思う。自分では何も創造していないのに、既成の作品をよかっただのよくなかっただの書くことに嫌気がさしてきたよ」
確かに、この当時僕とKとの間でやり取りされた手紙は、音楽にしろ映画にしろ小説にしろ、その評価と感想と批評に塗れている。そしてそれしかない。一緒に何かを創作しようにも、互いに遠距離を置いているのだからそう容易にはいかない。互いの創作についてなら、特に彼の方が、あまり鋭く正直に切り込んで来ることもなかったし。一時、まだ若かった頃はそれが多少ならずとも不満で、感想をせがみ強要したこともあったが、いまはそうすることを不毛だと思う。感想がない、ということが感想である、といまなら判るし、別にKの感想があろうとなかろうと、僕はそれをすっかり鵜呑みにするということもなくなっていたので、何ら変りはしなかったわけだし。
Kからメールが届いたからといって、正直特に驚かなかった。驚かなかった自分にちょっと驚いた。それから少し悲しい気分になった。
かつてKから手紙が来ると僕は子供のようにはしゃいだのに。そうではなくなってしまっていた。
ああ、Kのことを友人の一人としては好きだが、かつてほど、自分の思考の基盤として、必要としなくなっていたのだな、という発見があった。発見は実はずいぶんと前に、やりとりが疎遠になった頃にしていた筈なので、再確認か。
仕事と生活上のやむない事情で携帯電話を持たざるを得なくなったのだ、とKはメールに書いていた。
2、3日おいてから僕は返信し、その夜に電話で話す機会をもった。
Kはあまり変わっていなかったので、ひどく変わった印象を僕はもった。
大仰だけれど卒業してからもう10数年も経ているのだ、時代が変わっている。なのに変わらないKを僕はスゴいと思った。
そして当然のことなんだけど、変わってしまった僕と(意識はなかったんだけど)Kとでは、会話にも考え方にも話題の選び方にもちょっとした呼吸にも、なんともしがたいズレが生じていた。
僕にしては珍しく長電話なんかしたのだけれど、結局、途中で僕が巻いてしまった。ある話題になったときに、「そういう話はメールでもいいから」といって切り上げてしまった。不躾だったと反省はするが、少し譲ってつきあってしまっていたら、僕は激しく後悔していただろう。申し訳ないが、そういった電話の掛け方ひとつとっても、相手のスキルの未熟や配慮の不足が我慢できなくなっていた。
会話の途中で共通するある友人の話になって、
「○○って大学の研究室に残ってるらしいぜ」
というKに、
「へえ、そうなんだ。それって○○的には失敗してんだろうな、あいつの人生ってうちの大学の研究室なんか歯牙にもかけないってコース設計だった筈だろ。笑えないよな」
と僕は答えた。
電話のむこうで違和感を感じたような空気がはっきりと流れ、少しの間をおいてからKはこういった。
「勝ち組とか負け組みとか考えるタイプなのか?」
指摘されるまで判らなかったけれども、ああ、いわれればそうだ。結構、(その言葉自体は薄っぺらというか品がなくってキライなんだが)いわゆる「勝ち組」とか「負け組み」とか考えちゃってるかもな。人生ってゲームみたいなもんだとは確かに思ってるし。
まあ、それよりも社会的なスキルを身につけ他人をコントロールすることには興味がある。人間関係をうまくこなし、洒脱に何でも出来て、要領よくこなせることはカッコいいことだと思う。その辺りの価値に対する優位性は、Kと一緒に大学の巨大な図書館のラボで映画を観て涙していたような頃にもあった筈だが、優先順位ははるかに違う。他人に興味なんかなく、判るヤツだけでつるんでいればよかった、そんな年頃ではもうなくなっちゃってる。自閉的とはいわないけれども、趣味はあくまで趣味であり、それは人間関係の隙間にはさまれる栞のようなものに過ぎない。ひとりでは生きていけない、ではなく、ひとりでは生きていかない。
その電話で僕はいろいろ自分が変わったことに気付かされ、そして変わっている自分のことを好きだと改めて認識もした。
もちろん、そうではなかった、Kと同じ位置にいた時期があったからこそ、いまの自分もあるし、かつてそうであったことはとても大切で、そうであった自分もとても好きだ。
Kとはずいぶん違う位置に立ってしまっている。それでも、その電話で僕らは、リリースされたばかりのpsbの新譜について話し、盛り上がったことは書いておかなきゃね。なかでも特に好きな曲を挙げていったら、ほとんど一緒だった。
まあ、雀百まで、…ってことで。それは否めないし、否まないよ。
映画と演劇についての基本的な事柄ならほとんどすべて。哲学やアカデミックないろいろな語彙についても同じ。何も知らないで粋がっていたんだと思う、それまでの僕は。
彼に、体系を理解するための基本的で必要な情報や言葉やを教えられ、それでようやく、いまみたいに小癪で斜に構えた考え方も出来るようになったというわけ。
大学を卒業してから、Kとはずいぶん疎遠になった。
彼は多分、弟子としての僕に飽き、僕は親殺しの通過儀礼として彼の庇護から離れることを無意識のうちに詮無いこととして考えていたのだろう。
たまに手紙のやり取りなんかはあったが、それも数年で途絶えた。東京にいる友人を介して、互いの所在を知り、機会があればこれもその東京のとてもニュートラルな友人の段取りで新宿でビールを飲んだりすることはあったが。
そのKからメールが届いた。
Kはテクノロジーから取り残された男だ。
最新鋭のテクノにもノイズにも通じ、いちはやく映画についての情報を入手もし、哲学の世界にも通じてはいるのだが、実生活においての彼は、僕と同い年にしてはやくも隠遁した風であり、現代から取り残された風でもあり。なにより彼は、PCでネットサーフィンすることもなければ、携帯電話も所有していなかった。それは悪いことではない。ただ、通じにくい。ましてや遠距離の友人という位置づけでは、この2つのツールを欠くと、あとは手紙しかない。そして申し訳ないけれども、ここ最近の僕は積極的に手紙を書こうとはしていない。
手紙を書くという行為は、その書かれる対象としての相手の価値を、率直に露にしてしまう行為だと思う。メールはそうではない、その人に価値がなくとも「取り合えず」で書けてしまう。
かつて、Kがこう書いてよこしたことがある。
「最近はアレを聴いてるだの、映画は○○がよかっただの、インプットの情報をただ書くのもどうかと思う。自分では何も創造していないのに、既成の作品をよかっただのよくなかっただの書くことに嫌気がさしてきたよ」
確かに、この当時僕とKとの間でやり取りされた手紙は、音楽にしろ映画にしろ小説にしろ、その評価と感想と批評に塗れている。そしてそれしかない。一緒に何かを創作しようにも、互いに遠距離を置いているのだからそう容易にはいかない。互いの創作についてなら、特に彼の方が、あまり鋭く正直に切り込んで来ることもなかったし。一時、まだ若かった頃はそれが多少ならずとも不満で、感想をせがみ強要したこともあったが、いまはそうすることを不毛だと思う。感想がない、ということが感想である、といまなら判るし、別にKの感想があろうとなかろうと、僕はそれをすっかり鵜呑みにするということもなくなっていたので、何ら変りはしなかったわけだし。
Kからメールが届いたからといって、正直特に驚かなかった。驚かなかった自分にちょっと驚いた。それから少し悲しい気分になった。
かつてKから手紙が来ると僕は子供のようにはしゃいだのに。そうではなくなってしまっていた。
ああ、Kのことを友人の一人としては好きだが、かつてほど、自分の思考の基盤として、必要としなくなっていたのだな、という発見があった。発見は実はずいぶんと前に、やりとりが疎遠になった頃にしていた筈なので、再確認か。
仕事と生活上のやむない事情で携帯電話を持たざるを得なくなったのだ、とKはメールに書いていた。
2、3日おいてから僕は返信し、その夜に電話で話す機会をもった。
Kはあまり変わっていなかったので、ひどく変わった印象を僕はもった。
大仰だけれど卒業してからもう10数年も経ているのだ、時代が変わっている。なのに変わらないKを僕はスゴいと思った。
そして当然のことなんだけど、変わってしまった僕と(意識はなかったんだけど)Kとでは、会話にも考え方にも話題の選び方にもちょっとした呼吸にも、なんともしがたいズレが生じていた。
僕にしては珍しく長電話なんかしたのだけれど、結局、途中で僕が巻いてしまった。ある話題になったときに、「そういう話はメールでもいいから」といって切り上げてしまった。不躾だったと反省はするが、少し譲ってつきあってしまっていたら、僕は激しく後悔していただろう。申し訳ないが、そういった電話の掛け方ひとつとっても、相手のスキルの未熟や配慮の不足が我慢できなくなっていた。
会話の途中で共通するある友人の話になって、
「○○って大学の研究室に残ってるらしいぜ」
というKに、
「へえ、そうなんだ。それって○○的には失敗してんだろうな、あいつの人生ってうちの大学の研究室なんか歯牙にもかけないってコース設計だった筈だろ。笑えないよな」
と僕は答えた。
電話のむこうで違和感を感じたような空気がはっきりと流れ、少しの間をおいてからKはこういった。
「勝ち組とか負け組みとか考えるタイプなのか?」
指摘されるまで判らなかったけれども、ああ、いわれればそうだ。結構、(その言葉自体は薄っぺらというか品がなくってキライなんだが)いわゆる「勝ち組」とか「負け組み」とか考えちゃってるかもな。人生ってゲームみたいなもんだとは確かに思ってるし。
まあ、それよりも社会的なスキルを身につけ他人をコントロールすることには興味がある。人間関係をうまくこなし、洒脱に何でも出来て、要領よくこなせることはカッコいいことだと思う。その辺りの価値に対する優位性は、Kと一緒に大学の巨大な図書館のラボで映画を観て涙していたような頃にもあった筈だが、優先順位ははるかに違う。他人に興味なんかなく、判るヤツだけでつるんでいればよかった、そんな年頃ではもうなくなっちゃってる。自閉的とはいわないけれども、趣味はあくまで趣味であり、それは人間関係の隙間にはさまれる栞のようなものに過ぎない。ひとりでは生きていけない、ではなく、ひとりでは生きていかない。
その電話で僕はいろいろ自分が変わったことに気付かされ、そして変わっている自分のことを好きだと改めて認識もした。
もちろん、そうではなかった、Kと同じ位置にいた時期があったからこそ、いまの自分もあるし、かつてそうであったことはとても大切で、そうであった自分もとても好きだ。
Kとはずいぶん違う位置に立ってしまっている。それでも、その電話で僕らは、リリースされたばかりのpsbの新譜について話し、盛り上がったことは書いておかなきゃね。なかでも特に好きな曲を挙げていったら、ほとんど一緒だった。
まあ、雀百まで、…ってことで。それは否めないし、否まないよ。