水曜日は死んでいた。
どこでどう歯車が狂ったのか、なによりその狂いが自分の落ち度ではないこともまた歯がゆいんだけれど、いろいろ翻弄されて憔悴。
逃げた。たまにはいいだろう。
女の子のように衝動買いを繰り返し、夜になって部屋に帰りぼんやり過ごし、あれこれくだらないことを考え、結局ひとりで飲んで、活字に溺れたいとばかりに本を。現実逃避的であっても本はいいな。

いまさらのように『QED』の、ずいぶん前に書いた小説なんかをUPしたのにだって当然、理由はある。
箱崎モノをひさびさに読み返す機会があったのだ。
それは僕の創造した探偵。まあミステリー好きにとっては自分の探偵を持つことはひとつの憧れであり、理想の顕現だ。
前にも書いたかも知れないが、御手洗とか鹿谷門実とか、エキセントリックな探偵は多いがどうなんだろう、鼻白んでしまうのは僕だけか?
実際、あんなに奇癖があっていろんなことごとにこだわりがあって、不審を買ったり反感を買ったりしていてはおいそれと他人の機微なんかちゃんとキャッチ出来ない、人間関係の隙間を覗き見ることなんか出来ない、と思うんだけれどな。

僕が過剰にクイーンに憧れている探偵エラリイ・クイーンは、とてもモテる。
これはスゴい。探偵としてではなく何より人間として魅力的であり、何より異性から見て魅力的でもある。そうだよなー、そうでないと人間関係の裏を読み取りそれを整理し、ちらばったものを元の箱に戻すなんて出来ないよ、って思うんだけれど。
探偵って人間関係の整理屋、もとい調整係だろ。
そういう探偵を作りたい。
(…といって、下に挙げた作品の探偵の役回りが、十全にそういった魅力を発揮しているかといえば残念ながらそうではない。掲載されたもともとのサイトのコンセプトがそうだということもあるが、パズラーとしての魅力についてしか腐心して、…出来ていない。恥ずかしい)


×   ×   ×

□解決編


「詩織さん」
 白川が声をかけるが詩織は聞こえていないふうで、ただ、そんなことって、ともう一度つぶやくようにいった。箱崎が青木と白川に目をむける。怪訝な表情の白川と憂鬱そうな青木。二人は心配気に詩織を、それから箱崎を見た。
「白川さん」箱崎が声をかけると、白川はビクッと体を震わせた。
「は、はい」
「もう一度、確認しますが、あなたが窓から食糧庫を覗いたのは2時10分頃ですね」
「ええ」
「それは目を見開いて倒れている女性だった」
 白川がええ、と頷いたとき、震える声で、そんな、違うわ、というのが聞こえた。箱崎も白川も、そして青木も詩織の方を見た。「何が違うんです」と白川が訊ねる。詩織の口唇が小刻みに震えている。
 箱崎はいった。
「詩織さん。恵子さんが見たといったのは男の死体だったのでしょう」
「そうよ!」
えっ、と白川。青木の顔が強ばっている。
「白川さんは2時10分に食糧庫で目を見開き倒れている女性を目撃している。一方、恵子さんは食糧庫で死体を目撃したといって詩織さんを呼びにいっている。その時刻は2時25分頃。しかし彼女が見たといっていたのは男性の死体だった。もちろん恵子さんが男性の死体を見たというのは詩織さんを呼ぶよりも少し前の筈、2時15分としましょうか」
「それはおかしい!」と白川が叫ぶ。
「それなら彼女も食糧庫で女性の死体を見ている筈だ。なぜなら食糧庫には、……」そこまでいいかけて白川があっ、という顔になった。
 箱崎が続ける。
「食糧庫にはそのとき女の死体があった筈だ、ですか。では誰の? このペンションには女性は恵子さんと詩織さん以外にいない、そうですね、青木さん。とすれば2時10分に白川さんが窓から見た女性は、2時15分頃に食糧庫から出てきた女性と同じ女性の可能性が出てくる。つまり、白川さんが見たのは死体ではなく、目を見開いて倒れている赤坂恵子さんだった」
「恵子が、倒れていた?」
 詩織が訊く。
「恵子さんはちょっと変わったところがある、そうですね、詩織さん。とてもエキセントリックで感情の起伏も激しい。ショックには敏感でたとえば強い衝撃を受けたら気を失ってしまうこともある」
「ええ、確かに!」
「白川さんが見たのは気絶して倒れていた恵子さんですよ。では彼女は何に衝撃を受けて気絶してしまったのか」
「死体だ。男の死体を見て彼女は一時的に気を失ったんだ」と白川。
「そうです、だとすれば時間的な辻褄はあう。仮定しましょう、たとえば2時00分、恵子さんは食糧庫で男性の死体を見つけて気を失った。2時10分、その気を失って倒れている恵子さんを白川さんは窓から見て死体だと思った。2時15分、恵子さんは気絶の状態から覚めて詩織さんのところへいった。その間に、恵子さんが死体だと思った男性は姿を消した、……。そうでしょう、青木さん」
「……」
 その後でけだるさが残るのはいつものことだった。
 発覚すればまずい、この仕事を自分は気にいっている、と青木は思う。けれどもここまで事が大きくなれば、……。
「そうです」青木は頷いた。
「わたしが白川さんとロビーで会ったのは、食糧庫から出てきたところでした。箱崎さんのいうとおりだとすれば、恵子さんが見て死んでいると思ったのは倒れていたわたしでしょう」
「青木さん、……」
 ナルコレプシーだと医者はいった。どこでも、気絶するように眠ってしまう、一種の病気。庭で掃除をしているときでも、部屋のベッドメイクの最中にでも、何かの糸が切れたかのようにコトンと眠りに落ちてしまう。そしてその後にはけだるさが残る。先刻も食糧庫で眠ってしまったのだった。誰かに見られたように思ったのは、小さく悲鳴のような声を聞いたと思ったのは、そうか、恵子さんが入ってきて眠っている自分を見たのだったか。
「食糧庫でわたしは眠っていました。恵子さんが見たのは眠っているわたしでしょう。まさかあんなところで人が眠っているとは思わないでしょうから、彼女が死体だと思ったとしても仕方ありません」
 そういうと青木は自分の病癖について打ち明けた。他人に話すのはそれが初めてだった。ひた隠しにしてきたことを話すと肩の力がなんだか抜けるような気がした。
「でも、決心がつきました。もう雇われオーナーも引退です」
 そう自嘲気味にいう。その肩をぽん、と青木が叩く。
「何をいってるんです。その処遇についてはもちろん大丈夫だなんていえませんが」
 それよりも、と詩織。
「オーナーには仕事があるでしょう。落ち込んだりセンチメンタルになったりするより先に、まず恵子を探してください。この辺りに詳しいのは青木さんしかいないんだから」
「え」と青木。
「いや、よかったですよ。ねえ箱崎さん」と白川が笑顔でいう。ぽかんとしているのは青木ばかりだ。そうです、と箱崎も頷いて、
「死体なんてどこにも、なかった! んですから。暗くなる前に恵子さんを見つけて夕食の用意をしてくださいね、青木さん」            
(fin)